非凸な正多面体

・自己交叉する正多面体
 正多面体は五種類しかない,としてきたが,これは凸多面体に限った話である。非凸多面体も含めると,実はさらに四つ増える。非凸な多面体には,自己交叉のないものとあるものがあるが,自己交叉のない非凸多面体は正多面体たりえない。なぜなら自己交叉のない非凸多面体は,180°より大きい二面角をもつが,閉じた図形になるためには180°より小さい二面角ももたなければならない。これでは二面角が一定にならないから正多面体の条件を満たさない
 よって新たな正多面体はすべて自己交叉多面体である。古代より長い間,多面体といえば自己交叉のないものに決まっていた。自己交叉のある正多面体を発見したのは17世紀はじめのケプラーで,彼は四つのうち二つを発見。その二百年後にポアンソが残りの二つを発見した。そこで,自己交叉のある正多面体はケプラー・ポアンソの多面体ともいう*1。この四つ以外に自己交叉正多面体が存在しないことは,コーシーが1812年に証明している。
 ポリドロンでつくったケプラーの多面体を掲げる。

・自己交叉する正多角形

 まず,自己交叉する正多面体の二次元バージョンについて説明する。自己交叉のある正多角形である。正多角形とは,辺の長さが等しく内角が一定の多角形であった。通常,多角形としては辺と辺が交叉しない単純多角形を考えるが,辺と辺が交叉する自己交叉多角形の中にも,正多角形の要件を満たすものが存在する。代表的なものは右に掲げた*2「星型正五角形」で,通常の正五角形の頂点を一つおきにつないだ,五芒星状の自己交叉多角形である。辺と辺が交叉する部分は辺と辺の境界ではないので,頂点ではない。よってこれも,辺が五本,頂点が五つ,内角がすべて等しいから,正五角形である。凸正五角形の内角は3π/5であるが,星型正五角形の内角はπ/5である。

 星型正五角形は一種類だが,星型正七角形は二つある。正七角形の頂点を一つおきにつないだものと,二つおきにつないだものである。前者の内角は3π/7であるが,後者の内角はπ/7であり,後者の方がより鋭く尖った星型である。一方,星型正六角形は存在しない。正六角形の頂点を一つおきにつなぐと,正三角形になって閉じるので終ってしまう。残った三頂点をまた一つおきにつなぐと,また別の(逆さの)正三角形ができる。結局正六角形からは,正三角形二つの複合多角形(ダビデの星:右写真)が得られるが,これは辺が連結でないので,通常の意味の多角形ではない複合多角形も含めると,星型正n角形は,nが偶数のとき(n−4)/2種類,nが奇数のとき(n−3)/2種類存在する。
 一般に,正n角形から同様の手順によって星型正n角形ができる。正n角形の頂点をm−1個おきにつないで得られる星型正n角形を,分数表示で正n/m角形と呼ぶと便利である。ただし,正n/m角形と正n/(n−m)角形は同じになるので,m≦n/2とする。すると,nとmが互いに素のときだけ星型正多角形ができて,しかも,互いに素なnとmの組についてそれぞれ別の星型正多角形ができる。そして,正n/m角形ではn本の辺を巡回する間に中心の周りをm周するから,内角の和は(n−2m)πになる。角がn個なのにn/m角形とはどうも奇妙な感じがするが,なかなか合理的な記法になっている。
・正多角形の星型化
 星型正多角形は,正多角形の各辺を延長していき,他の辺の延長と交わったところを頂点とすることでも得られる。この操作を多角形の「星型化」という。三角形のように隣接辺以外の辺が存在しない多角形や,長方形のように非隣接辺が平行な多角形は星型化できない。星型多角形とは,星のような形の多角形というあいまいな意味ではなく,凸多角形の「星型化」によって得られる自己交叉多角形のことを指している。自己交叉する正多角形は,星型正多角形だけであり,平面上の正多角形は,凸正多角形と星型正多角形に限られる。
 凸正多角形は,3以上のどんな辺数でも可能であるから,無限に多くの種類がある。星型正多角形も,7以上のどんな辺数のものでも存在するから,無限に多くある。星型正多角形は辺数nだけでなく,mの異なるバリエーションもある。結局,星型正多角形も凸正多角形も,各辺の区別がつかず,かつ各辺において頂点の区別がつかない無限系列の多角形である。両者の違いは自己交叉するか否かという点にすぎない。
・自己交叉する正多面体
 正多面体とは,面がすべて合同な正多角形であり,二面角が一定の多面体である。通常,面と面が交叉しない正多面体を考えるが,面と面が交叉することも許容すると,四つの正多面体が新たに仲間に入る。この広義の正多面体においては,面は広義の正多角形で,凸正多角形と星型正多角形のどちらでもよい。ケプラーが発見した2種の自己交叉正多面体は,いづれ星型正多角形を面とする。他の2種は,その双対多面体で,面は凸正多角形であるが,頂点周りの面の配置が星型正多角形風になっている。双対多面体は面と頂点を入れ替えた多面体であったから,この結果は納得のいくものである。
 これらの自己交叉正多面体の外観を示す。順に,小星型十二面体,大星型十二面体,大十二面体,大二十面体と呼ばれている。

これらは自己交叉多面体であるが,まったく同じ外観を呈する非自己交叉多面体も存在する。例えば,小星型十二面体は,頂角36°の二等辺三角形60枚からなる非凸な非自己交叉多面体と外観は同じである。ポリドロンで作れるのは,むしろこちらの自己交叉しない多面体の方であるともいえる。相違点は,小星型十二面体を構成する面は12枚の星型正五角形であり,外から見えない部分にも面が存在していることである。実際,各面の芯にある凸正五角形は,トゲ状の五角錐の内側にくるので,外からは見ることができない。小星型十二面体は自己交叉多面体であって,面と面が,新たな稜をつくることなく互いに突き抜けている。これは,自己交叉多角形の辺と辺が,新たな頂点をつくることなく互いに突き抜けているのと同様である。
 大星型十二面体も,小星型十二面体と同じく,面が12枚の星型正五角形である。これも頂角36°の二等辺三角形60枚からなる別の非凸な非自己交叉多面体と見分けがつかないが,外から見えない部分にも面や稜が存在している。
 ポアンソの多面体も同様である。大十二面体は,60枚の合同な鈍角二等辺三角形からつくった自己交叉しない非凸多面体と同じ外観をしている。大二十面体は少し複雑であるが,120枚の合同な鋭角二等辺三角形と60枚の合同な鈍角二等辺三角形,計180枚の面を組み合わせてつくった非自己交叉非凸多面体と外観が同じである。

*1:ケプラー・ポアンソの立体という表記も見かけるが,自己交叉多面体なので「立体」はふさわしくない。英語でも「Platonic solid」「Archimedian solid」「Johnson solid」「Miller's solid」に対して「Kepler-Poinsot polyhedron」が標準的である。

*2:ポリドロンでつくったものは正確には星型正五角形にはなっていない。ポリドロンの二等辺三角形は辺の比が1:√2で,頂角が36°より少し大きい。