正多面体と正多角形の多義性

・言葉と意味の対応関係
 日本語に限った話ではないが,言葉の意味というのは,はっきりと決まったものではない。同じ言葉でも,文脈とか文化に応じて,その意味はさまざまに変わりうる。発言者の意図した意味が,聴取者にしっかり伝わらないことがある。著書の記述の一部だけを引用して批評することや,言葉の一部だけを切り取って報道することもしばしば行なわれ,理不尽な批判になっていることも少なくない。言葉がこんなに曖昧なものであることは,一見デメリットに思える。もっと間違いのない,論理的な言葉というのはないのだろうか。
 しかし,言葉と意味が一対一対応しないのは,言葉の本質である。しかも,それは欠点ではなく利点である。社会の仕組みや人々の意識は時の経過とともに変化していくので,既存の言葉の意味が金輪際変わらないとすると,社会の変化に対応できない。というか,話は逆で,言葉の意味にある程度の柔軟性がなければ,世の中が変化しようがない。暗黒の中世においてさえ,言葉は常に変化してきた。社会の変化が激しくなり,情報交換が活発になるほど,言葉の変化も顕著になる。

・用語と意味の対応関係
 ただ,学問的な議論をしようとするときは,用いる言葉の意味が曖昧では,厳密な議論ができない。言葉と意味との一対一対応は,科学においては切実で,数学においてはほとんど不可欠の要請である。人文系の議論においても,決して疎かにはできない。疎かにすると学問ではなくなってしまう。だから学術用語では,なるべく言葉と意味を一対一対応させる。しかしそれでも,完全に特定の意味でしか使われない学術用語というのは,ごくごく少数の基本語彙だけである。誤解の恐れのある用語を用いる場合は,文章中で前もってその用語をどんな意味で使うのか,定義しておく必要がある。

・多面体の多義性
 さて,我らが「多面体」という言葉も,多義的であることを免れていない。それほど厳密に考えなくても,四つの異なる意味が挙げられる。最も狭義に「多面体」と言うと,凸多面体を指すだろう。一部がへっこんでるのや孔の空いたのは,一般的には多面体と考えにくい。もう少し広げて狭義には,多面体とは自己交叉のないものを指すだろう。面と面が交叉しているようなものは,面に余計な切り込みを入れなければ模型にできず,忠実な模型を作ることができないからだ。広義には,多面体とは自己交叉のあるものも含まれる。一般に「多面体」と言う場合,この広義の意味であることが多い。
 最広義には,複合多面体まで含まれる。面が連結でないから,複合多面体は多面体ではない,と以前書いたが,そのときの「多面体」は広義の多面体であった。組み立て途中の展開図のように,複数の多角形でできていても,多角形の辺が孤立しているようなのは最広義の多面体にも入らない。
 この意味では,最狭義及び狭義の正多面体がプラトンの立体であり*1,広義の正多面体になると星型正多面体が加わり,最広義の正多面体には正複合多面体も含まれる,ということになる。さらに異なる意味での「正多面体」も考えることが可能である。正スポンジと呼ばれる3種があったり,三次元以外にも正多面体に相当する図形がある。しかし,前者は有限の領域に収まらないので「多面体」という感覚からかなり外れてしまうし,後者は正多角形や正多胞体という別の用語が用意されているので,除外することとしよう。

  最狭義 狭義 広義 最広義
多面体 凸多面体のみ 非自己交叉多面体も含む 自己交叉多面体も含む 複合多面体も含む
正多面体 プラトンの立体5種 プラトンの立体5種 星型正多面体も含む9種 正複合多面体も含む14種

 さて,本稿中,以降で「多面体」とは,特に断らない限り複合多面体を含む最広義の意味で用いる。正多面体は,14種(1種はキラル)あり,すべての面,すべての稜,すべての頂点の区別がつかない多面体である。

↑正四面体,立方体,正八面体,正十二面体,正二十面体

↑小星形十二面体,大星形十二面体,大十二面体,大二十面体

↑正四面体×2,正四面体×5,正四面体×10,立方体×5,正八面体×5

・正多角形の多義性
 正多面体はもちろん三次元図形であるが,二次元図形に正多面体に相当する図形はいくつあるだろうか。そのような図形を正多角形と呼ぼう。すべての面,すべての辺の区別がつかない多角形を,自己交叉するものも含めて正多角形と呼ぶのである。
 まず,狭義の正多面体に相当するのは,凸な正多角形であり,無限に存在する。そして,広義の正多面体に相当するのは,狭義の星型正多角形まで含めた正多角形である。このような星型正多角形に該当するのは,mとn(m>2n)が互いに素な場合の正m/n角形である。等しい長さのm本の辺がすべて一つながりになって,等しい角度で頂点を挟んでいる。星型正五角形(正5/2角形),すなわち五芒星(ペンタグラム)が代表例であるが,これも無限に存在する。
 最広義の正多面体に相当するのは,広義の星型正多角形まで含めた正多角形である。このような星型正多角形には,m/nが通分できる場合の正m/n角形が該当する。等しい長さのm本の辺が,等しい角度で頂点を挟んでいるが,一つながりになってはいない。辺が連結でないから,いわば正複合多角形である。凸な正多角形が複合したものと,狭義の星型正多角形が複合したものの2系列があり,いづれも無限に存在する。前者の代表は星型正六角形(正6/2角形),すなわちダビデの星であり,正三角形が二つ複合している。正三角形は正四面体の二次元相当物であるから,それを二つ組み合わせたダビデの星は,ケプラーの星の二次元相当物といえる。後者の代表は,正10/4角形であり,星型正五角形が二つ複合している。m/nを通分したときの値が整数になるのが凸正多角形の複合体,整数にならないのが(狭義の)星型正多角形の複合体である。

  狭義 広義 最広義
正多面体 プラトンの立体5種 星型正多面体も含む9種 正複合多面体も含む14種
正多角形 凸正多角形 狭義の星型正多角形も含む 広義の星型正多角形も含む(=正複合多角形も含む)

 正多角形は,すべての面,すべての稜の区別がつかない多角形であり,凸正多角形,狭義の星型正多角形,正複合多角形の各系列が,いずれも無限に存在する。正複合多角形には,凸正多角形の複合体が無限にあり,星型正多角形の複合体も無限にある。これに対し,三次元の正複合多面体に,星型正多面体の複合体が存在しないのは興味深い。星型正多面体はすべて二十面体対称なので,正十二面体や正二十面体と同様,正複合多面体を作れないのだ。

↑正五角形,正六角形,正七角形,正十角形,正十二角形

↑正5/2角形(星型正五角形),正7/2角形,正7/3角形,正10/3角形,正12/5角形

↑正6/2角形(星型正六角形),正10/2角形,正12/3角形,正12/4角形,正10/4角形

・星型正多角形の芯と凸包
 正多面体のうち,凸でないものは,凸包と芯をもっていた。凸包も芯も凸多面体であり,凸包の頂点のつなぎ具合を変えることや,芯を星型化することで,もとの非凸正多面体が得られる。そして,双対な正多面体同士で,一方の凸包は他方の芯と双対であった。自己双対な正多面体では,自分の凸包と自分の芯が双対である。この関係は,正多角形も共有する*2
 正多角形も,凸でないものは,凸包と芯をもつ。凸包も芯も凸な正多角形であり,凸包の頂点のつなぎ具合を変えることや,芯を星型化することで,もとの非凸正多角形が得られる。正m/n角形について,凸包も芯も凸な正m角形である。つまり,自分の凸包と自分の芯が同じ正多角形になる。正多角形は,凸なものも非凸なものも,すべて自己双対なので*3,双対な非凸正多角形同士で凸包と芯が互いに双対という関係は満たされている
 二次元では何の変哲もない凸包・芯と双対の関係が,三次元ではより豊かで興味深い関係になっている。しかもそれを特別な場合として含む形で,である。なんだか,アインシュタイン相対性理論が,ニュートン力学を含む形で適用範囲を拡大したのと似ている。思えばニュートン力学も,それまで天界と月下界で異なるとされていた法則を,統一的に説明するという画期的な拡張だった。

*1:正則という条件がついたために最狭義と狭義の区別がなくなっている。煩雑なので適宜まとめて「狭義」とする。

*2:多面体について双対とは,面と頂点を入れ替えたものであったが,多角形について双対とは,稜と頂点を入れ替えたものである。

*3:正多角形に対し,稜の中点を,隣接する稜の中点と結ぶ操作を繰り返すと,双対な正多角形が得られるが,この操作によってもとと同じ正多角形が得られる。