菱形六十面体と大きな菱形三十面体

・尖鋭菱形六面体による花形

 黄金菱形六面体の尖鋭型のもの*1において,鋭角頂点*2に集まる稜は,12本のうち6本である。そして,この稜を挟む2枚の面は,この稜に関する72°の回転でぴったり重なる。よって,6本のうち1つの稜を決めて,その周りに六面体を72°回転させると,回転前後の六面体は1枚の面を共有する。
 この手続きを続ければ,144°,216°,288°の回転も,同様に考えることができる。こうして得られた5つの尖鋭六面体は,初めの1本の稜を隙間なく取り囲んだ,花のような形をしている。この配置は,菱形六面体の積み上げで菱形二十面体から菱形三十面体を得るときに,菱形二十面体の中心に積む5つの尖鋭六面体と同一である。



 この花形に配置された5つの尖鋭六面体をよく見ると,花の萼にあたる部分の表面に,鋭角頂点に集まっていた稜が5本残っている。よって,この5本の稜についても,尖鋭六面体を72°,144°,216°,288°回転させて同様の花形を得ることができる。
 これで,初めの花形と合わせて計6つの花形が得られるが,隣接する花形は2つの尖鋭六面体を共有している。そして,6つの花形は半球状になっており,各花形は正十二面体の面の方向を向いている。使用する尖鋭六面体は15個である。


 この花形半球をもう1つ用意して,互いに逆さにして縁を噛合わせてみる。正十二面体は,正五角形6枚からなる半球状の皿を2つ貼り合わせて得られるが,それと同じ要領である。ただし,花形半球では,各半球の縁に尖鋭六面体の環状列がジグザグに並んでいて,噛合わせに際しては,一方を間引く必要がある。間引かれる尖鋭六面体は10個にものぼるので,実はこの操作は,1つの花形半球に,最初の尖鋭六面体5個からなる花形1つを,逆さにして貼り付けることと同じである。
 ともかく,こうして最終的に得られるのは,12の花形が正十二面体の面の方向を向いた,20個の尖鋭六面体の複合体である。隣接する花形は2つの尖鋭六面体を共有しており,これは正十二面体の稜にあたる。また,どの尖鋭六面体も3つの花形に共有されており,こちらは正十二面体の頂点にあたる。

・菱形六十面体
 この複合多面体の内部構造を無視したものは,黄金菱形の面を60枚もつ非凸な多面体である。これを菱形六十面体とか,花形十二面体と呼ぶ。前者は多面体を構成する面数に忠実な名称,後者は5枚の菱形からなる「花形」を1枚の「面」と解釈してつけられたやや強引な名称である。すなわち花型十二面体は十二面体ではない,ということで,紛らわしいので以後,この多面体は菱形六十面体と呼ぶ。
 左図は,前出のものと同一の図ではなく,尖鋭六面体20個の複合体には残っていた内部の稜を消したものである。つまり,各花形の中心の頂点から,立体内部に向かう稜は,非凸多面体としての菱形六十面体には存在しないため,消している。菱形六十面体は,60枚の面がすべて同等で,区別がつかない。頂点は最外部に20個,中間に30個,最内部に12個で,計62個ある*3。稜は,外頂点と中頂点を結ぶものが60本,中頂点と内頂点を結ぶものも60本で,計120本だ*4。F−E+V=60-120+62=2となって,オイラーの公式を満たしている。凸多面体と同相なのでオイラー標数は2である。
 菱形六十面体の回転対称性は,もちろん二十面体群である。20個の尖鋭六面体は,菱形六十面体の中心から,正十二面体の頂点の方向に向いている。あるいは,同じことだが,正十二面体の双対である正二十面体の面の方向に向いている。このことから,尖鋭な黄金菱形六面体の鋭角頂点に集まる正三角錐は,正二十面体の面と中心を結んで得られる正三角錐であることがわかる。尖鋭六面体の1つの鋭角頂点を,混在頂点の位置まで切頂すると七面体(三角形4,黄金菱形3)が得られるが,菱形六十面体は,正二十面体の表面に,この七面体を20個,とげのように貼り付けて作ることもできる。

・大きな菱形三十面体をつくる
 菱形六十面体の花形部分には,菱形二十面体や菱形三十面体の五次の頂点がすっぽり収まる。よって,菱形六十面体には,菱形二十面体や菱形三十面体を計12個貼り付けて,表面を完全に覆ってしまうことができる*5。このとき12個の二十面体や三十面体は,隣接するもの同士がただ1枚の面を共有して接している。右図のように,菱形二十面体を12個貼り付けると,表面にわずかの凹みがある,かなり凸に近い多面体になる。



 この凹みは20箇所あって,その底の頂点はちょうど中の菱形六十面体の最外頂点と一致する。ここには扁平な黄金菱形六面体*6の鈍角頂点*7がすっぽり収まる。このとき,扁平六面体の露出面は,隣接する菱形二十面体の面と面一になる。この全体は,ひとまわり大きな菱形三十面体になっている。右図に,菱形六十面体と扁平六面体の位置関係を示し,大きな菱形三十面体は下図に示す。


 この大きな菱形三十面体は,もとの菱形六十面体の二倍の稜長をもつ。大きな菱形三十面体を構成する菱形六十面体,菱形二十面体,扁平菱形六面体は,すべて等稜の黄金菱形六面体で構成されるから,この大きな菱形三十面体も,二種類の黄金菱形六面体のみから構成できる。扁平,尖鋭の黄金菱形六面体からは,それと等稜の菱形三十面体も作れたが,二倍の稜長をもつ菱形三十面体も作れるのである。
 もちろん,菱形六面体を8個,2×2×2の格子状に積み上げれば二倍の稜長をもつ菱形六面体が得られるので,それを使って大きな菱形三十面体を(第二種菱形十二面体→菱形二十面体→菱形三十面体の手順で)作れることは自明である。しかし,菱形六十面体から出発する積み上げ方は,これとはまったく異なる積み上げかたになる。
 ただ,菱形三十面体を構成する尖鋭六面体と扁平六面体の数の比は,どちらの積み上げかたでも1:1である。計算してみよう。菱形六十面体に尖鋭が20個,菱形二十面体に尖鋭,扁平が5個づつであり,大きな菱形三十面体は,菱形六十面体1個,菱形二十面体12個,扁平菱形六面体20個からなる。よって,大きな菱形三十面体を構成する六面体は,尖鋭が20+5*12=80個,扁平が5*12+20=80個で同数になる。小さな菱形三十面体は,尖鋭・扁平10個づつだったから,どちらも1:1である。大は稜長が小の2倍であるから体積比は8倍,よって六面体の個数も8倍になっている。
 実は,稜長の等しい尖鋭六面体と扁平六面体は,体積比が無理数黄金比!)になるので,これら二種の六面体を積み上げてどのような大きさの菱形三十面体を作っても*8,尖鋭・扁平の必要数は必ず同数になる。菱形三十面体だけでなく,菱形二十面体,第二種菱形十二面体でも同様である。

*1:対角線の長さの比が黄金比(1.618…)の,合同な菱形6枚からなる多面体のうち,菱形の鋭角頂点が3つ集まる頂点をもつもの。

*2:構成面の菱形の鋭角が3つ集まる頂点を,尖鋭六面体の鋭角頂点と呼ぶ。

*3:外頂点は,中心から見て正十二面体の20個の頂点方向にあり,中頂点は正十二面体の30本ある稜の中点の方向にあり,内頂点は正十二面体の12枚の面方向にある。

*4:外頂点と中頂点を結ぶ稜は,外頂点1個につき3本なので,20*3=60本,中頂点と内頂点を結ぶ稜は,内頂点1個につき5本なので,12*5=60本。

*5:菱形二十面体と菱形三十面体を混在させなければ,二十面体群の対称性は保たれる。

*6:対角線の長さの比が黄金比の,合同な菱形6枚からなる多面体のうち,菱形の鈍角頂点が3つ集まる頂点をもつもの。

*7:構成面の菱形の鈍角が3つ集まる頂点を,扁平六面体の鈍角頂点と呼ぶ。

*8:自然数倍に限られるが