正多面体と二次元正充填形

・平面の正充填
 多角形のタイルを隙間なく並べて,平面を埋めつくすことができる。これを平面充填とかタイル貼りという。合同な正多角形による平面充填のうち,隣合う正多角形が必ず一辺を共有するような配置*1を,平面の正充填という。平面正充填は,正三角形によるもの,正方形によるもの,正六角形によるものの三つに限られる。正充填形になるためには,一つの頂点に集まる正多角形の内角の和が,360度にならなくてはいけない。これが可能なのは,内角60度の正三角形が六つ,内角90度の正方形が四つ,内角120度の正六角形が三つ,という組み合わせしかありえず(必要条件),これらはすべて可能だからだ(十分でもあった)。

 平面の正充填形では,面を構成する正多角形の一つの頂点に,一定数の正多角形が集まっている。この特徴は正多面体と共通であるので,正多面体と同様にシュレーフリ記号をつけることができる。そうすると,三つの平面正充填形は,{3,6},{4,4},{6,3}となり,これらは面や稜や頂点が無限個ある正多面体と解釈することができる。{3,6}と{6,3}が互いに双対,{4,4}が自己双対になっていることも,各面の中心と頂点を入れ替えることで確認できる。

・球面の正充填形
 逆に言えば,正多面体は,球面上に正多角形を隙間なく並べて,球面を埋めつくした充填形と解釈できる。正多面体の外接球面に,正多面体を中心から射影したものを考えると,まさにこれが球面の正充填形である。すなわち,球面の正充填が可能なのは,正三角形が三つ,正方形が三つ,正三角形が四つ,正五角形が三つ,正三角形が五つ,という五種の組み合わせしかありえず,これらはすべて可能である。

 球面上の幾何学では,直線はその球の大円,すなわち中心を含む平面でその球を切ったときに切口に現れる円である。線分は,大円の一部である。この幾何学では,線分だけでなく,両端をもたない直線も有限の長さをもつ。球面上の多角形が,線分を辺とする閉じた図形であることは,平面の場合と同じだ。これは球面多角形と呼ばれる。同様に,球面正多角形は,各辺の長さが等しく,各頂点における内角が一定の球面多角形である。内角,といっても,角度はどう測ればよいだろう?
 球面上の一点のごく近傍のみを考えれば,そこは平面と実質的に同じである。よって,球面上での角度は,その頂点のごく近傍における角度と考えればよい。つまり,その頂点における二辺の各接線がなす角度である。
 球面上では三角形の内角の和が180度にならない。球面三角形の内角和は180度よりも大きくなる。例えば,地球を球とみなしたとき,北極点と赤道上の二点を結んだ図形は二等辺三角形であるが,この底角は二つとも90度である。経線と赤道は直角に交わっているからだ。これらの和はすでに180度で,頂角を足した内角の和は,これより大きくなる。この二等辺三角形では,頂角は0度より大きく,360度より小さいあらゆる角度が可能だから,180度<内角の和<540度である。
 三角形と同様に,どんな球面多角形も,それらの内角の和は相当する平面多角形の内角の和よりも大きい。ということは,球面正n角形の内角は,平面正n角形の内角よりも大きい。例えば,平面上では,正五角形の内角は108度であり,一点の周りに正五角形を三つ並べると,360-108*3=36度余ってしまって充填形にならない。しかし,球面上なら,正五角形の内角は108度よりも大きいから,一点の周りに正五角形を三つ並べて,充填形になる場合がある。そのような球面正五角形は,特定の大きさでなければならない。球面の面積の12分の1の面積をもつ球面正五角形である必要がある。この球面正五角形の一つの内角は120度であり,これを一つの頂点に三つづつ集めれば,12枚でちょうど球面を埋めつくすことができる。この球面正充填形は,正十二面体を,その中心から球面上へ射影したものと対応する。他の正多面体もこれとまったく同様だ。

・球面幾何学
 球面幾何の著しい特徴の一つに,「相似」という概念がないことがある。平面上の三角形は,三つの角の大きさが同じでも,合同とは限らない。内角がすべて等しい無数の相似な三角形が存在するからだ。これに対して球面上の三角形は,三つの角の大きさが等しければすべて合同である。どんな多角形も三角形に分割できることと,どんな曲線も短い線分をつなげた極限でつくれることを考えると,球面幾何学においては,どんな図形も「相似」であれば合同であることがわかる。よって「相似」という語は不要になる。三つの角が決まれば,球面三角形の面積は決まる。実際,三角形の三つの内角から,その三角形の面積を算出する便利な公式がある。球の表面積を4πとしたときに,内角がα1,α2,α3の三角形の面積は,α1+α2+α3−πとなるのだ。つまり,三角形を小さくすればするほど,内角和は180度に近づき,三角形を大きくするほど内角和も大きくなる。この公式をn角形に拡張することも,簡単にできる。こちらはΣαk−(n−2)πとなる。
 球面幾何学に「相似」はないのだが,三次元ユークリッド空間にいる我々から見ると,もちろん半径1の球面上の三角形Aと,半径2の球面上の三角形Bが,すべて同じ角をもつなら,それらは「相似」である。しかし,球面幾何学は二次元の幾何学だから,これは反則である。この幾何学では,一つの球面の上が全世界であり,その外部は考えない。これは平面図形の幾何学において,その平面の上が全世界であるのと同様であるが,誤解しやすい。三次元の世界に住む我々は,球面幾何学を,ふつう三次元ユークリッド空間に埋め込まれた球面上の幾何学と考えるし,それが一番わかりやすいからだ。しかし実は球面幾何学は,曲率が正で一定の二次元空間を扱う幾何学なのであって,三次元的に把握することは必須ではない
 高さを知らない二次元人にとっても,平面と球面は異なるし,曲率の違いも把握できる。例えば辺の長さが1の正三角形の内角の和は,曲率に依存する。曲率0の平面なら180度であり,正の曲率をもつ球面なら180度より大きく,曲率が大きいほど内角の和も大きくなる*2。だから,二次元から出なくても二次元の曲面を論ずることは十分可能である。球面幾何の導入で,直線は大円だとか,角度は辺同士の接線のなす角度だと説明したが,これも実は三次元人の観点からの説明であって,二次元人にこの議論が通用しないことは明らかである。

・リーマン幾何学,双曲幾何学
 球面幾何学を一般化したものがリーマン幾何学である。球面幾何学は曲率がどこでも一定な,二次元のリーマン幾何学である。一般のリーマン幾何学は,曲率の符号が正なら,場所によってまちまちでもいいし,次元も何次元でも構わない。もちろん球面幾何学も,三次元以上の高次元に拡張することができる。
 リーマン幾何学は非ユークリッド幾何学の一つである。ユークリッド幾何学では「直線の外の一点を通り,その直線に平行な直線がただ一本存在する」という平行線公理がなりたつが,ユークリッド幾何学ではなりたたないリーマン幾何学では,直線の外の一点を通り,その直線に平行な直線は存在しない。球面上の異なる直線(大円)はすべて互いに交わるから,球面幾何学では確かにそうなっている。
 リーマン幾何学と異なる非ユークリッド幾何学もある。直線の外の一点を通り,その直線に平行な直線が無数に存在するような幾何学であり,ロバチェフスキーとボヤイが独立に発見した*3。これは至る所で曲率が負の空間を扱う幾何学であり,リーマン幾何学と反対に,三角形の内角の和は180度よりも小さくなる。
 リーマン幾何学の舞台は閉じた空間であり,二点間の距離に限りがあるのに対して,ボヤイ=ロバチェフスキー幾何学の舞台は無限の遠方まで開いた空間である。ユークリッド空間はこれらの中間であり,この三つの幾何学の関係は,円錐曲線の性質と関係が深い。そこで,リーマン幾何学を楕円幾何,ボヤイ=ロバチェフスキー幾何学を双曲幾何,ユークリッド幾何学を放物幾何と呼ぶこともある。それぞれの舞台になる空間は,楕円空間,双曲空間,放物空間とも呼ばれる。

・二次元空間の正充填形
 平面の正充填形も正多面体も,二次元空間の正充填形という点で共通する。前者は,曲率0の二次元空間の正充填形,後者は,正の一定曲率をもつ二次元空間の正充填形である。もちろん負の一定曲率をもつ二次元空間の正充填形というものも考えられる。結論だけ述べると,一定曲率の二次元双曲空間には,無数の正充填形が存在する。3以上のすべての自然数pに対して,正p角形による正充填形が可能である。しかも,pを固定しても,無数の異なる正充填形が可能である。頂点まわりの面の数をqとすると,2p/(p-2)より大きいあらゆる自然数について,正p角形による正充填形が存在する。
 曲率0のユークリッド平面の正充填形は三種あり(平面正充填:{3,6},{4,4},{6,3}),正の一定曲率をもつ球面の正充填形は五種あって(正多面体:{3,3},{4,3},{3,4},{5,3},{3,5})ともに有限種類であるが,負の一定曲率をもつ双曲平面の正充填形は∞×∞種({p,q}:p≧3,q>2p/(p-2))ある,ということができる。ユークリッド平面や双曲平面は閉じていないので,充填形も閉じた図形にならず面は無限個並ぶ。球面は閉じているので充填形も閉じた図形となり,面は有限個,しかもそれを三次元人が見ると立体的な多面体として解釈することができる。正多面体は,我々三次元人が見た,二次元球面の正充填形といえる

*1:正多角形の辺上に,隣接する正多角形の頂点が来てはいけない。正多角形は必ず隣の正多角形と辺がぴったりかさなるように配置する。

*2:もっとも曲率があまり大きいと,この正三角形はその球面上に存在できない。

*3:双曲幾何はリーマン幾何よりも早く発見された。リーマン空間は無限の広がりをもたず閉じている。無限の広がりをもつユークリッド空間から自然に出てきたのは,同じく無限の広がりをもつ双曲空間の方だった。