正多面体群と有限回転群

・群とは何か
 群とは,結合法則を満たす演算*1が元(要素)の間に定義された集合で,ただ一つの単位元をもち,どの元についても逆元がただ一つ存在するような集合である。元と元の順序付きペア一つについて演算の結果(積)が一つに決まり(演算は一意的),すべての順序付きペアについて,その積もまたこの集合の元になる(集合は演算について閉じている)。単位元とは,どの元と演算してもその結果がもとの元であるような元,ある元についての逆元とは,ある元と演算した結果が単位元になるような元である。
 以上が群の定義である*2。演算は交換法則を満たす必要はないから,演算する元と元の順序を入れ替えると,積は一般に変わりうる。ただし,単位元は,どちら側から演算しても結果がもとの元になるような元でなくてはならず,逆元は,どちら側から演算しても結果が単位元になるような元でなくてはならない。演算が交換法則を満たすような特別な群は,可換群という。
 これは非常に抽象的な話で,とても分かりにくい。しかしこの抽象化された構造こそが群の根幹である。群であればこそ満たす数学的に興味深い性質がいくつもある。群は,代数の抽象化によって出現した最も基本的な構造であり,群の考え方は数学のあらゆる分野で基礎となっている。群論は自然科学や技術にも広く応用される。抽象的で難解なのだが,抽象的であるからこそ適用範囲が広く,重要度が高い。

・群の例
 群の具体例を見ていこう。例えば整数の集合は,加法(たし算)について群をなす。加法は結合法則を満たし,整数の和は必ず整数であり(整数は加法について閉じている),単位元0が存在し,どんな元xにも逆元−xが存在する。これは元が無限個ある無限群である。正の整数の集合は,乗法(かけ算)について群をなさない(単位元1以外の元に逆元がない)が,正の有理数の集合や正の実数の集合は,乗法について群をなす(単位元は1,逆元は逆数)。0でない有理数,実数,複素数の集合も同様に,それぞれ乗法について群をなす。たった二つの数からなる集合{1,-1}も乗法について群をなす。確かに1と-1をどのように掛け合わせても結果は1か-1だし,単位元は1,逆元は自分自身であるので立派な群である。このように,元の数が有限の群を有限群といい,その元の数を位数という。加法や乗法は交換法則も満たすので,これらの群は可換群である。
 上に例示した群は数を元とし,算数にも出てくる素朴な演算を定義したものである。しかし,このような個々の元の意味や,演算のもつ意義は本質的なものではない。群の本質は,ある元とある元の演算結果がどの元になるかの対応関係にある。その対応関係を元と元の順序付ペアすべてについて決めればそれがその群の構造を示し,それがその群のすべてと言ってもいい。有限群についてこの対応関係を書き出したものを群表という。

置換群
 代表的な群に,置換群がある。これは,符号の順列を並び替える「置換」という操作を元とする集合に,「続けて行なう」という演算(積)を定義した群である。何も並び替えない恒等置換単位元,逆の並び替えをする置換が逆元である。並べ替える順列の長さnが有限なら置換群は有限群になる。順列中の二つの符号のみを入れ替える特別な置換を「互換」という。何番目の符号と何番目の符号を入れ替えるかに応じて異なる複数の互換があるが,互換以外のどんな置換もこれらの互換の積で表すことができる。順列のどのような並び替えも,二つの符号の入れ替えを繰り返してできるのである。ある置換がどのような互換の積で表されるかは一通りに決まらないが,偶奇どちらの数の互換の積で表されるかは一意に決まる。そこで,偶数の置換の積で表される置換を偶置換,奇数の置換の積で表される置換を奇置換という。
 置換群のうちで重要なものは,対称群と交代群*3である。対称群とは,すべての置換によってできる群である。並べ替える符号の順列の長さがnのとき,これをn次の対称群といい,Sと書く。n個の順列の並び替えをすべて数えると,n!個ある*4。つまり,n次対称群の位数はn!である。一方,交代群とは,すべての偶置換によってできる群である。すべての奇置換を集めても,単位元(恒等置換)がないし,奇置換と奇置換の積は偶置換になって閉じないので群にはならないのだが,偶置換を集めた集合は群の定義を満たす。n個の順列のすべての偶置換でできる群はn次の交代群であり,Aと書く。交代群は対称群Sの一部の元がつくる別の群(部分群)である。奇置換と偶置換の数は等しいため,Aの位数はSの位数の半分,n!/2である。

・回転群
 回転群とは,「回転」という幾何学的な変換を元とする集合に,「続けて行なう」という演算を定義した群である。この演算は結合法則を満たす。三次元空間における固定点まわりのすべての回転は,群をなす。つまり,すべての回転からなる集合は,この演算について閉じており,単位元(恒等変換:角度0の回転)をもち,どの元に対しても逆元(同軸まわりの逆回転)が存在する。回転軸の方向や回転の角度はあらゆる値をとるからこれは無限群である。これに対して,正多面体群は,三次元空間における固定点まわりの有限個の回転がつくる群であり,三次元の有限回転群である。

・正多面体群の同型
 正四面体群は,正四面体の中心と頂点を結ぶ軸周りの120°回転と240°回転,正四面体の対向する稜を結ぶ軸周りの180°回転,及び回転しない恒等変換の,計12の元からなる有限群である。回転変換という幾何学的特徴に注目すればこれは有限回転群である。しかし,群はそもそも代数学の抽象化に際して導入された概念であり,正四面体群も,その幾何学的意味を捨てて群としての性質のみに着目することができる。すなわち,元と演算がなす群そのものの構造を抽出することができる。正四面体群は,正四面体の四つの頂点の偶置換全体がなす群とも考えられる*5から,頂点を符号化して並べた順列の,偶置換全体がなす群と,実質的に同じ構造を持つ。このことを,正四面体群は,4次の交代群と同型であるという。
 同様に,正八面体群は,正八面体の対向面四組の置換全体(あるいは正六面体の対角線四本の置換全体)がなす群と考えられるから,4次の対称群Sと同型である。正二十面体群は,5次の交代群と同型である。このように,各正多面体群について,それと同型な置換群が存在する。三次元の回転対称性をきちんと考えるためにはかなりの空間把握能力が要求されるが,正多面体群はより扱いやすいA,S,Aと同型であるため,回転を回転のまま扱わなくても済む。

・三次元の有限回転群
 三次元空間における無限回転群の部分群として,有限個の回転からなる有限回転群が考えられる。三種の正多面体群はその一部である。三次元の有限回転群は,このほかには,二次元の有限回転群由来の,巡回群及び二面体群Dしかないことがわかっている。巡回群,二面体群,正多面体群以外には,どんな回転の有限集合を持ってきても,群をなすことはない。回転は結合法則を満たす変換であり,単位元と逆元は必ず用意できるから,巡回群,二面体群,正多面体群以外の三次元の回転の有限集合は,「続けて行なう」演算に関して決して閉じないのだ。
 巡回群は正n角形の中心を垂直に貫くn回対称軸まわりの回転がつくる位数nの群であり*6,これは二次元における唯一の有限回転群でもある。二面体群Dは三次元空間に置かれた正n角形の回転がつくる有限群で,正n角形に直交するn回対称軸まわりの回転と,正n角形をその面内で二分するn本の二回対称軸まわりの回転がつくる位数2nの群である。巡回群は正n角錐を自身に重ねる回転がつくる群であり,二面体群Dは正n角柱を自身に重ねる回転がつくる群であるともいえる。二次元の有限回転群でもある巡回群が無限個あるために,三次元の有限回転群である二面体群も無限にある。これは,正多角形が無限にあることと対応しており,あまり面白みがないが,正多面体群はそうではない。三つの正多面体群は,三次元における回転対称性の顕著な特徴を表しており,大変興味深く,美しい。

*1:演算が閉じていれば,二つの元の積はまたもとの集合の元であるから,二つの元の演算を複数回行なうことで,三つ以上の元の間の演算も導かれる。結合法則が成り立つとは,演算を複数回行なう場合に,その演算の順序によって,演算の結果が変わらないことである。結合法則が成り立てば,三つ以上の元の積も,二つの元の積と同様,元の順序のみによって決まる。つまり,元の順序は演算結果に影響しうるが,演算の順序は演算結果に影響しない。三つ以上の元を演算する場合,結合法則が成り立たなければ,演算の順序を指定してやる必要が出てくるが,群においてはそのような心配がない。

*2:ざっくりした定義にすぎない。本当はちゃんと数式を使って定義しないといけない。

*3:対称群や交代群は,何次かが決まればその内容が一つに決まる(巡回群,二面体群も同様)。一方,置換群は対称群や交代群を含めた総称であり,どんな置換を元とするかに応じて具体的な群としてはさまざまに異なる(同様に回転群も総称である)。

*4:「!」は階乗記号といって,n!は1からnまでのすべての自然数を掛け合わせた数である。

*5:四頂点の奇置換は鏡映変換に相当する

*6:一般には巡回群とは,一つの元のみの冪(その元のみのいくつかの積)によって,単位元を除くすべての元が生成されるような群である。この元を生成元という。もし一つの元のみの冪によって,単位元を含むすべての元が生成されるのであれば,それは有限巡回群である。その位数は,生成元を順次掛けていって,初めて単位元が得られるときの掛け合わせた個数に等しい。例えば,置換群としては,順列の最初の符号を最後に移し,他の符号をすべて一つ前に移すような置換によって,一つの巡回群が生成される。この場合の位数は順列の要素の個数に等しい。