菱形充填
・菱形十二面体,菱形三十面体の拡張
合同な菱形からなり,どの稜も同等であるような多面体は,立方体*1,菱形十二面体,菱形三十面体の三種だけである。いずれの場合も菱形の形状は一意に決まり,立方体では正方形,菱形十二面体は白銀菱形,菱形三十面体は黄金菱形しか許されない*2。
立方体は,直角が3つ集まる頂点をもつ。菱形十二面体では,鋭角が4つ集まる頂点と鈍角が3つ集まる頂点があり,菱形三十面体では,鋭角が4つ集まる頂点と鈍角が3つ集まる頂点がある。それなら,鋭角が6つ集まる頂点と鈍角が3つ集まる頂点があるような菱形多面体はないのだろうか?実は,それは多面体ではなく,平面充填形になる。
平面充填とは,平面上の閉じた図形からなるタイルを隙間なく並べて,平面全体を埋めつくした形である。特に,多角形のタイルを用いて,辺と辺が完全に一致するような辺対辺充填を考えることが多い。合同な菱形を,鋭角が6つ集まる頂点と鈍角が3つ集まる頂点が規則正しく並ぶようにすると,平面充填形になる。菱形の形状は,鋭角が60°,鈍角が120°のもの*3しか許されない。一つの頂点に集まる内角の和が,360度にならなくてはならないためである。
名称 | 形状 | 対角線比 | 面数 | 稜数 | 頂点数 (鋭角,鈍角) |
頂点に集まる面数 (鋭角,鈍角) |
立方体 | 1:1 | 6 | 8 | 12 | 3 | |
菱形十二面体 | 1:√2≒1.414 (白銀比) 正方形の辺と対角線の長さの比 |
12 | 24 | 14(6,8) | (4,3) | |
菱形三十面体 | 1:(√5+1)/2≒1.618 (黄金比) 正五角形の辺と対角線の長さの比 |
30 | 60 | 32(12,20) | (5,3) | |
菱形充填 | 1:√3≒1.732 (白金比) 正六角形の辺と短い対角線の長さの比 |
∞ | ∞ | ∞ (1:2) |
(6,3) |
・菱形の並進充填,稲妻充填
上のような充填形を,菱形充填と呼ぶ。ただし,合同な菱形による平面の辺対辺充填にはほかに次の二種類がある。
一つは,すべての菱形が周期的な平行移動によって重ねられるような平面充填であり,菱形並進充填というべきものである(左図)。どの頂点にも4つの菱形が集まっている。菱形並進充填では,並進対称軸が二本あり,稜の方向と一致する。これらは一般には直交しないので,特別な場合を除いて稜の方向の鏡映軸はない。菱形は二本の対角線が互いに垂直二等分しあうので,菱形並進充填は対角線が鏡映軸である。
菱形を一辺を軸として裏返した菱形は,もとの菱形と合同である。これをもとの菱形と一辺で貼り合わせたものは,平行移動によって平面を充填する。これによって合同な菱形をジグザグに並べた充填形ができる。菱形稲妻充填である(上右図)。菱形稲妻充填でも,どの頂点にも4つの菱形が集まる。並進対称軸は二本あり,一方は稜の方向と一致するが,他方はそれに直交している。菱形稲妻充填は鏡映軸をもち,それは稜の方向と一致する並進対称軸と平行である*4。
菱形充填では菱形の形状は一意に決まってしまうが,菱形並進充填と菱形稲妻充填では,菱形の形状は任意である。菱形が正方形である場合,菱形並進充填と菱形稲妻充填は,正方充填*5に一致する。
菱形並進充填は,正方充填に,直交軸を斜交軸にする変換を施して得られる。正方充填と同様に,面,稜,頂点は,いずれも同等で,区別がつかない。一方,菱形稲妻充填*6では,面,頂点は,同等であるが,稜は同等でない。稜には鏡映軸に平行なものとそうでないものという区別がある。
・球面の菱形充填
平面の菱形充填は,面や稜や頂点が無限個ある菱形多面体と解釈することができる。逆に言えば,菱形十二面体と菱形三十面体は,球面上に球面菱形を隙間なく並べて,球面を埋めつくした充填形と解釈できる。菱形十二面体や菱形三十面体を包む同心球面に,これらの多面体を中心から射影したものを考えると,まさにこれが球面の菱形充填形である。球面上では菱形の内角の和が360°よりも大きいため,小さいほうの内角*7が4つ集まって360°になったり,5つ集まって360°になることが可能なのである。
左が球面菱形十二面体,右は球面菱形三十面体である。球面菱形十二面体を構成する球面菱形は,内角が90°と120°のもので,球面菱形三十面体を構成する球面菱形は,内角が72°と120°のものだ。平面菱形充填も球面菱形充填も,各内角は360°を頂点に集まる角の数で割った値となる。ちなみに球面立方体を構成する球面正方形は,内角が120°である。
・菱形充填と三六角充填
菱形並進充填と菱形稲妻充填は,すべての頂点に4つの菱形が集まっており,正方充填と深い関係にある。一方,菱形充填は,残る二つの平面正充填である正三角充填,正六角充填と密接な関係にある。菱形充填の頂点には,鋭角ばかりが6つ集まるものと,鈍角ばかりが3つ集まるものがあるが,前者は正三角充填の頂点と一致し,後者は正六角充填の頂点と一致する(下図)。平面充填は二次元だが,せっかくの3DCGなので,遠近感をつけてみた。
つまり,正三角充填と,それに双対な正六角充填の頂点を互いにつなぐと菱形充填形が得られる。この正三角充填,正六角充填について,互いの稜の交点をつないでいくと,アルキメデス充填の一つである三六角充填が得られる(下左図)。三六角充填は菱形充填の双対であり,各頂点周りに,正三角形と正六角形が交互に4つ並んだ,準正充填形である。確かに菱形充填と三六角充填は頂点と面を交換したものになっている(下右図)。
上左図をよく見ると分かるように,三六角充填は,正三角充填の各頂点を,稜の中点まで切頂したものともいえるし,正六角充填の各頂点を,稜の中点まで切頂したものともいえる。
・菱形充填と斜方三六角充填,大斜方三六角充填
菱形充填を切頂していくと,アルキメデス充填の一つ,斜方三六角充填が得られる(下左図)。鋭角が6つ集まる頂点からの切口は正六角形であり,鈍角が3つ集まる頂点からの切口は正三角形である。菱形面の残った部分が正方形になったところで切頂を止めればよい。
斜方三六角充填の頂点配列は(3,4,6,4)である。正六角充填において,各稜を切り離して正方形でつなぎ,残った穴を正三角形で塞いだ形になっている。ジョンソン立体の三角台塔→四角台塔→五角台塔の系列が平面につぶれた六角台塔が重なりながらつながった形ともいえる。
菱形充填をさらに切頂していくと,別のアルキメデス充填,大斜方三六角充填が得られる(上右図)。鋭角が6つ集まる頂点からの切口は十二角形であり,鈍角が3つ集まる頂点からの切口は六角形である。各切口が正十角形,正六角形になるように,しかも残った菱形面が正方形になるように,うまく調節しなくてはならない。
大斜方三六角充填の頂点配列は(4,6,12)である。三六角充填において,各頂点を切頂したような形である。三六角充填を切頂しても,実際には大斜方三六角充填にはならず,正多角形でない面ができてしまう。そのことは,右図において三六角充填の正三角形の辺と,大斜方三六角充填の正六角形の辺が,一致せずにずれていることからも分かる。
*1:正方形は菱形の一種である。
*2:立方体を除く菱形六面体はすべての稜が同等ではない。菱形六面体においては菱形の形状は任意である。
*3:対角線比は1:√3。二つの正三角形を一辺で貼り合わせた菱形。
*4:ある軸に沿う平行移動と,その同じ軸に関する鏡映の組み合わせによって二次元図形が重なるとき,その軸をすべり鏡映軸という。並進対称軸と平行な鏡映軸は常にすべり鏡映軸である。逆に鏡映軸がすべり鏡映軸ならそれは必ず並進対称軸と平行である。
*5:正方充填は合同な正方形で平面を辺対辺充填したもので,三種ある平面正充填の一つであり,直交する等間隔の平行線群によって構成される,いわゆる正方格子である。
*6:正方充填と一致する場合を除く。
*7:90°より小さい鋭角とは限らないのでこのような表現とした。